寛之さま                            【わが人生の歌がたり】

今朝は第四十一回です
明日から 約一年の予定で『親鸞』の新聞連載がスタートします
全国二十七紙 発行部数1300万部 2000万人以上の方が毎朝読むと思うと
そのプレッシャーが重くのしかかります

1972年6月~1974年2月まで京都で暮らし、一回目の休筆時期です
     ♪色づく街
書くということは 何年も前から構想しストーリーを組み立て人物を作り出し
原稿用紙にむかった時は、頭の中に出来上がったものを写していく
ある意味ではコピーということになります
     ♪浮世絵の街
<おもしろ半分>という雑誌の編集長を勤めたこともあります
表紙を 米倉斉加年氏にお願いしたり、日本こしまき大賞という賞を作ったりしました
〔こしまき〕とは本のオビのことで 
ちなみに第一回大賞は山口瞳氏『酒飲みの自己弁護』でした
     ♪冬の旅
日本の音楽の源流は ずっと昔にさかのぼり 
声明(しょうみょう)の流れを組んでいると思います
この頃 寛之さまが作詞をし 一般の方に曲をつけてもらったりもしました
     ♪二丁目の子守唄

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